肺がんの治療このページを印刷する - 肺がんの治療

肺がんのみならず一般にがんの治療法を選択する場合、その治療によって得られるプラス面(benefit)とマイナス面(risk)をてんびんにかけて最適な治療法を決定し、実行することが重要ではないかと思います。つまり肺がんのみならず、病気を治療するということは、薬を使うことも、手術を行うことも、放射線を当てることも、すべて体にとってプラスとなる面(治療効果)とマイナスに働く面(侵襲、副作用、合併症など)があります。

したがって肺がんを治療する場合、いろいろな治療法の中から、その患者さんにとって最も適した治療法を選択する必要があるのですが、その患者さんにとってどの治療を行うと、どれだけの効果が期待できて、どのくらいの侵襲が予想されるのか、を的確に判断する必要があります。
もちろん最終的に最も重要なのは、患者さん本人あるいはご家族の意思であることは言うまでもありません。

非小細胞肺がんの治療法としては、1.外科的切除術、2.化学療法、3.放射線療法の3つがスタンダードとなっています。

 

手術

手術は局所療法ですので、基本的な考え方としては、「体の中にあるがん細胞を(肉眼的に)すべて体の外にとりだす」ことを目標に行います。したがって当然手術の対象となるのは、「とりきれるであろう」と考えられる「局所にとどまっている」肺がんのみです。

それでは、肺はどこまで取ってよいのでしょうか?言い換えると、肺をどのくらい残せば手術が安全にでき、手術後も安定して経過し、さらに術後長い期間にわたって不自由のない日常生活が送れるのでしょうか?
この問いに対してお答えするうえで最も大事なことは、対象となる患者さんはさまざまである、ということです。つまり若い患者さんもいればご高齢の患者さんもいらっしゃいます。ヘビースモーカーの患者さんもいらっしゃれば、全く吸ったことのない患者さんもおられます。
また、中にはいろいろな手術を受けたことがあったり、合併疾患(たとえば高血圧や糖尿病、心臓病や腎臓病など)をお持ちの患者さんもおられます。
このように患者さんによって可能な手術の術式は大きく異なるのです。肺がんの手術は「肺を取る」手術ですから、呼吸の機能が最も重要な要素になります。また呼吸の機能は個人差が大きく、呼吸の機能が良い人は比較的肺を大きく切り取っても大丈夫ですが、あまり良くない人は大きく取れないでしょう。

一般的に肺がんに対する手術は、その取る範囲によって、部分切除、肺区域切除(肺は全部で18の区域に分かれています)、肺葉切除(右肺は上葉、中葉、下葉と3つの袋、左肺は上葉、下葉と2つの袋に分かれています)、肺全摘と多彩で、肺のみならずリンパ節も取り除きます(リンパ節郭清といいます)。
またがんの種類別では、非小細胞がんの場合、通常はI期からII期(あるいはIIIA期の一部まで)が手術の対象となります。小細胞がんの場合、極めて早期の場合のみが手術の対象となりますので、われわれをはじめ多くの施設ではI期のみを対象としています。
近年手術に関しては二つの方向性が示されていて、その向う先は、(1)低侵襲(体に優しい)であり、また(2)根治性の向上(より治る治療)です。

 

低侵襲治療を求めて

手術は必ず体に対する侵襲を伴います。がんを治療するにあたって、この侵襲を少しでも減らすことが必要です。
そのためにわれわれは、二つの方法によって、患者さんへの負担を減らすよう努力しています。

 

縮小手術

肺がんの手術は、言い換えると肺を(あるいはリンパ節郭清を伴う)切り取るということにほかなりません。また肺がんの標準手術は、肺葉切除(右上葉にがんがあれば右上葉切除)+リンパ節郭清ということになります。
肺は全部で5つの袋に分かれていますから、肺の5分の1を取ってしまうことになります。肺は肝臓と違って、取った後再生しませんから、肺の標準手術後は、計算上肺の機能は約20%落ちたままということになります。またこれは一生続きます。基本的に健常者であれば、呼吸機能を20%失っても、日常生活に支障が出ることはほとんどありません。
しかしながら、手術前より呼吸機能が悪い人などでは、20%のロスが大きくひびいてきます。また正常な呼吸機能を持つ人でも、将来新しい肺の病気が出てきたとき不利になったり、重労働時に息切れが生じたりといったハンディを抱えることになります。

そこで、近年行うようになってきたのが縮小手術で、片肺全部を取る(肺全摘)必要がある場合、気管支や肺の血管を形成することによって、肺葉切除にしたり、肺葉切除より小さく肺を取る「区域切除」、あるいはもっと小さく取れる「部分切除」を行ったりするようになりました。そうすれば手術後の肺機能が温存されることになり、先ほどあげたようなハンディも無くなってきます。
しかしながら、切除する範囲を小さくすることによって根治性が損なわれるようでは、本末転倒といわざるをえません。したがって、これら縮小手術を適応する対象の患者さんは、十分吟味して選択する必要があります。

 

胸腔鏡下手術(多孔式)

縮小手術が肺自体の取る範囲を縮小するのに対して、肺を取る範囲は同じだけれど、傷口を小さくすることで体への侵襲を減らす手術といえます。こちらは、皮膚や筋肉、あるいは骨(肋骨)などを傷つけずに温存することにより、術後早期の痛みを軽減し、呼吸機能の回復を良くする手術です。
今まで標準的には「開胸術」が広く行われており、これには胸の後方から側方を12~20センチ程度切開し(多くは肋骨を一本切断)、筋肉も広く切って胸腔に達します。これを後側方切開といいます。そのほか胸の前から横を切る前側方切開や、腋窩前方切開などもありますが、いずれも比較的大きな傷を作って手術を行います。

それに対して胸腔鏡下手術は、肺を取りだすための3~4cm程度の切開と、胸腔鏡と呼ばれるカメラや細長い道具類を挿入する1~2cm程度の穴を2ないし3個あけるだけで手術が可能です。
カメラによる二次元の画面を見ながら手術を行うわけですから、熟練が必要です。また、急な出血などに対する対処も小さな穴からの操作になりますから容易とはいえません。しかし画面を拡大して見ながら手術が出来るというメリットもあります。
また根治度の面から、肺の切除あるいはリンパ節郭清といった手術手技が、開胸術より劣らないよう熟練が必要です。
われわれは現在、多くの方に胸腔鏡下手術を適用しています。

 

胸腔鏡下手術(単孔式)

近年、手術器具や内視鏡システムのさらなる発展により、3~4cmの穴1カ所で手術を行う単孔式胸腔鏡下手術が普及してきました。多孔式手術と比較して術後疼痛が少ないといわれています。
当院でも肺がんに対する手術(肺葉切除、肺区域切除、肺部分切除)や気胸、膿胸などの良性疾患に対する手術、縦隔腫瘍に対する手術などにも適用しています。1カ所の穴から手術器具を全て挿入して行うので、多孔式胸腔鏡下手術よりも制限が多くなりますが、根治性と安全性を損なわないよう、様々な工夫をしながら行っています。

 

ロボット支援下手術

ロボット(ダ・ヴィンチ®)は、精緻な上に3Dで立体感の掴みやすい画像であること、多関節鉗子を用いた操作が可能であることから、より緻密な手術操作を期待出来る優秀な手術機器です。2018年4月に保険適用となり、現在様々な施設で導入されています。開胸による手術と比較し、手術中の出血量が少なく、治療成績は同等、との報告がなされており、当院でも2023年から導入しております。個人差はありますが、多孔式の胸腔鏡下手術よりも痛みが少ない、といった報告もみられます。
現在は肺葉切除のみ行っておりますが、将来的には肺がんに対する区域切除や、縦隔腫瘍に対する手術も行っていく予定です。

 

根治性の向上を求めて

手術の場合、根治性を高めるためには、できるだけ大きくまたたくさん取る、ということになると思いますが、これを「拡大手術」といいます。これは前に出てきた標準手術に、それ以上の何かを追加で切除する(たとえば合併切除)ことを指します。
ただしこれは縮小手術とは正反対の手術ですから、当然体に対する侵襲は大きくなってしまいます。
もうひとつ、根治性を高めるために考え出され行っているものに「集学的治療」があります。これは手術だけ行うのではなく、それに化学療法(抗がん剤)あるいは放射線治療などをプラスすることによって、さらに根治性を上げてやろうという考え方です。

 

拡大手術

肺がんに対する拡大手術を大きくわけると二つあります。
一つは、がんの浸潤している臓器を肺と一緒に取る場合、もうひとつは、リンパ節の郭清する範囲を大きくしてやる、ということです。この手術を考える場合に、最も大事なことは、その患者さまのがんはほんとうに手術で取りきれるのか?ということです。
先にも申し述べましたように、手術を行うに当たっては、体内のがん細胞をすべて体外に取り出す必要があります。つまりいくら手術範囲を拡大しても、その範囲の外にがんが存在していれば(たとえば転移や播種など)、治すことはできません。
拡大手術は多くの臓器や組織をとる手術ですから、手術をしなかったときより寿命を縮めてしまうことになるかもしれません。
したがって拡大手術を行う場合には、大きな手術ができる外科医の力量とともに、患者さんの体力やがんの進展具合などを正確に把握することが非常に重要となります。
特に横隔膜や左心房、大動脈など重要臓器を合併切除する場合には、手術自体の難易度も高く、熟練が必要です。

 

集学的治療

集学的治療は、いくつかの治療法を単独で用いるのではなく、一緒に使うことによって、それら治療法の持つ力を2倍にも3倍にも強くし、また副作用や合併症なども減らしてやろうという治療法で、1つでは不十分であった効果も、2つあるいは3つ使うことによって、がんをやっつけるのに十分な効果を持つことを利用した治療法です。
この方法は、手術、放射線、そして抗がん剤と、それぞれの方法に熟知した医療スタッフのチームワークが非常に大事となります。
ここでは、われわれの主に行っている手術に関する集学的治療について簡単に述べたいと思います。

 

術前化学(放射線)療法

以前より、術前に化学療法やあるいは化学療法に放射線療法を加えて行った後に手術をすることによって、効果が認めたられたという研究がいくつか見られます。
この分野に関しては、いまだ十分な臨床研究が行われているとはいえませんが、われわれは胸の中に限って広がってしまった肺がん(たとえばリンパ節転移や他の臓器に浸潤している場合)は、術前に化学療法と同時に放射線療法を行った後に手術を行うことによって、予後を改善するのではないかと考えています。
ただしどのような患者さんにとって有効であるのか、また術前化学療法に放射線療法を加えることによってよりよい結果が得られるかどうか、などについては不明な点が多いと言わざるをえません。
いずれにしてもその効果がはっきりするためには、今後さらに検討を行っていかねばならないと思いますが、今まで手術は不可能、あるいは手術しても無駄だと考えられていた患者さん方(病期IIIA期やIIIB期)に希望を持っていただくことができる可能性があると考えて、この方法での治療を積極的に行っています。

 

術後化学療法

手術によって切除が可能と考えられる非小細胞がんに対して術後に化学療法を加えることによって、予後を改善しようという治療法で、ここ数年の間に多くの臨床研究が行われています。結果についてはやはり良い、というものとあまり変わらない、というものが見られますが、おおむね追加したほうがよいであろうという結果になっているようです。
今までの様々な報告からも、現在少なくともIB期-IIIA期の切除可能な非小細胞がんについては、術後に化学療法を追加するのが標準的な治療であると考えてよいと思います。
われわれも「瀬戸内肺癌研究会」の一員として、こちらの分野にも積極的に関与しています。

 

放射線療法

放射線治療は、電磁波エネルギーの一種である放射線を使って、体内のがんを治す治療です。
がん細胞は、正常な細胞に比べると、放射線に対して弱いという特性を利用して、正常な細胞があまり傷つかず、がんの細胞のみ傷つける程度の放射線を当てることによって、正常組織はできるだけ傷つけずに、がんを治そうとするものです。
最も一般的な放射線治療法は外照射といって、身体の外から肺内の肺がん病巣や肺の入り口から縦隔にかけてのリンパ節に放射線を照射します。正常組織への影響のため、一同に多くの放射線量をかけるのは危険ですので、一般的に1日1回週5回程度照射します。したがって1ヶ月から1ヶ月半程度の治療期間が必要となります。
また最近では、転移を認めない比較的小さな肺がんに対して、病巣のみに集中的に照射を行う定位放射線照射や、重粒子線(荷電重粒子線)治療なども行われるようになり、がん病巣局所に対しては、非常に高い治療効果を示しています。
また、小細胞がんは脳へ転移する場合が多いため、脳へ転移するのを防ぐ目的で全脳放射線照射が行われることもあります。

また放射線治療には、がんを完全に治してしまうことを目標に行われる「根治的照射」と、がんの一部に放射線を照射することによって、その部分の痛みなどの症状を緩和するために行う「姑息的照射」があります。

前項でも述べましたように、放射線治療も手術と同様に局所療法なので、対象となるのは原則として、肺あるいは肺門部から縦隔にかけて(一部鎖骨上を含む)のリンパ節にとどまっているものに限られます。
また、より根治性を高めるため、化学療法との併用もしばしば行われます。

 

化学療法(抗がん剤治療)

化学療法は、抗がん剤を静脈内に注射あるいは点滴したり、内服したりすることによって、がん細胞を殺すことを目的とした治療法です。
この治療法の最も大きな特徴は、がん細胞を殺す薬(抗がん剤)を全身に行き渡らせることが可能な点です。
通常、注射あるいは内服された抗がん剤は、血管の中に入り、血流に乗って全身をめぐり、肺だけではなく、全身に拡がったがん細胞にも到達し、効果を表すことが期待されます。
これらの抗がん剤は1種類で用いる場合もありますが(単剤療法)、どちらかというと2種類以上の抗がん剤を組み合わせて用いるのが一般的で、多剤併用療法と呼ばれ、単剤で用いる以上の効果が期待されています。どういう抗がん剤をどういう組み合わせで使ったらいいのかというのは、世界中でいろいろな意見があります。また、薬の開発も日進月歩です。
現在では、抗がん剤の選択や組み合わせの選択は、「臨床研究」によって導き出されたデータに基づいて行われることが重要である、とされています(Evidence-based medicine EBM: 根拠に基づいた医療)。

化学療法を行うに当たっては、その効果とともに有害事象(副作用)が問題になってきます。代表的な副作用としては、吐き気、嘔吐、食欲不振、全身倦怠感、手足のしびれ、脱毛などがあります。
症状だけではなく検査を行いますと、肝機能障害、腎機能障害、白血球数の減少(感染症の危険性)や血小板数の減少(出血の危険性)などがあり、特に白血球の減少は、命に関わる副作用です。もちろん他にも薬剤の種類によって多彩な副作用があります。
抗がん剤を用いるときは、その効果とともに有害事象についてもよく考慮したうえで使う必要があります。